企業価値担保権が2026年5月25日に施行されました。制度の概要はすでに多くの解説がありますが、金融機関の実務担当者が実際に直面するのは「自己査定でどう扱うのか」「既存の抵当権とどちらが優先するのか」「昔からある企業担保権と何が違うのか」といった、一段細かい論点です。
本記事では、条文と金融庁の公表資料をもとに、これらの論点を整理します。制度そのものの定義は用語集の「企業価値担保権」で解説していますので、そちらもあわせてご覧ください。
この記事の要点
制度の骨格|2026年5月25日施行、設定できるのは会社法上の会社
根拠法は事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号)です。企業価値担保権に関する部分は2026年5月25日に施行されました。
注目したいのは第1条の目的規定です。この法律は「不動産を目的とする担保権又は個人を保証人とする保証契約等に依存した融資慣行の是正」を目的として掲げています。不動産担保と経営者保証からの脱却が、法律の目的そのものに書き込まれている点は、金融機関の中期的な与信方針を考えるうえで押さえておく価値があります。
担保の目的となるのは、第7条第1項が定めるとおり「会社の総財産」(将来において会社の財産に属するものを含む)です。設定できる債務者は会社法上の「会社」(第2条第2項)に限られ、株式会社・合名会社・合資会社・合同会社が対象です。個人事業主のほか、一般社団法人・医療法人といった会社以外の法人は対象外です。
企業担保権(昭和33年)との違い
「企業担保権」と「企業価値担保権」は名称が似ているため混同されがちですが、別の制度です。旧制度である企業担保法(昭和33年法律第106号)と比べると、違いは明確です。
| 企業担保権 | 企業価値担保権 | |
|---|---|---|
| 根拠法 | 企業担保法(昭和33年法律第106号) | 事業性融資推進法(令和6年法律第52号) |
| 設定できる会社 | 株式会社のみ(第1条) | 会社法上の会社(第2条2項) |
| 担保できる債権 | その会社が発行する社債のみ(第1条) | 特定被担保債権(極度額の限度、第9条) |
| 設定の方式 | 公正証書によることを要する(第3条) | 企業価値担保権信託契約による |
| 担保権者 | 社債権者 | 免許を受けた企業価値担保権信託会社 |
| 抵当権等との優劣 | 先取特権・質権・抵当権がいずれも優先(第7条) | 質権・抵当権とは登記・対抗要件の前後で決まる(第18条1項)。一般の先取特権・企業担保権には優先(同2項) |
旧制度が広く使われてこなかった背景としては、被担保債権が社債に限られていた点が挙げられます。銀行の貸付債権を担保できないため、通常の融資では使えませんでした。加えて企業担保法第7条により、個々の財産については特別の先取特権・質権・抵当権が優先し(同条第2項)、一般の先取特権にも劣後する(同条第1項)ため、保全効果も限定的でした。
企業価値担保権にはこの制約がありません。銀行等の貸付債権を被担保債権にでき、担保権者は新設の免許業種である企業価値担保権信託会社が担います。
ABL(動産・債権担保融資)との違い
ABLは在庫や売掛債権といった個別の資産を特定して担保に取る手法で、動産譲渡登記や債権譲渡登記によって対抗要件を備えます。担保に取る資産を選別し、評価し、モニタリングする対象も、その資産に限られます。
企業価値担保権は、総財産を一体として担保の目的とします。個々の資産を特定して評価するのではなく、事業が生み出す将来のキャッシュフローを含めた事業全体の価値を捉える点が根本的に異なります。のれんのように、個別には切り出せない価値も担保の射程に入ります。
実務上の差が出るのは、借り手の日常業務への影響です。金融庁は、借り手企業は設定後も通常の事業活動の範囲において財産の処分を自由に行うことができ、取引が制限されることはないとしています。一方で、通常の事業活動の範囲外の行為を行う場合には担保権者の同意が必要となり、担保価値の毀損に対する牽制が働く構造です(金融庁「企業価値担保権に関するFAQ」)。
最大の論点|一般担保として扱えるか
金融庁の結論は「困難」
金融機関から最も多く寄せられていたのが、自己査定・償却・引当において不動産担保等と同様に一般担保として扱ってよいのか、という疑問です。金融庁は2025年7月、「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方」を公表し、これに答えました。
結論は、一般担保(客観的な処分可能性がある担保)として扱うことは困難というものです。理由は、企業価値が将来見通し等の主観に大きく依存すること、そして事業停止時には価値を見込むことが難しいことの2点です。
ただし、総財産に含まれる不動産等は別
ここで見落とされやすいのが、同資料に付された注記です。総財産の中に一般担保の要件を満たす不動産等があれば、その分は一般担保として考慮できるとされています。
企業価値担保権は総財産を一体として担保に取る仕組みですから、その総財産の中に不動産が含まれていれば、その部分は一般担保として保全額の算定に反映し得ることになります。裏を返せば、設定先の法人がどこにどれだけ不動産を保有しているかを正確に把握できているかどうかが、そのまま保全額の差になるということです。企業価値担保権を扱ううえで、不動産の把握力はむしろ重要性を増します。
問題は、その把握の手段です。法人名から全国の保有不動産を一覧化する公的制度としては、2026年2月に始まった所有不動産記録証明制度がありますが、証明書を請求できるのは登記名義人本人とその相続人その他の一般承継人に限られ、債権者である金融機関が単独で取得することはできません。加えて法務省は、検索結果の網羅性には限界があること、同名異人の不動産が含まれ得ること、コンピュータ化されていない登記簿は対象外であることを明記しています。借り手に取得を依頼できたとしても、それだけでは完全な一覧にはならないということです。金融機関の側で把握するには、R.E.DATA(リデータ)のような法人不動産データベースで商号・本店所在地から名寄せする方法が現実的な選択肢になります。
無担保と同じではない
一般担保として扱えないなら無担保と変わらないのではないか、という疑問にも同資料は答えています。金融庁は、企業価値担保権は借り手の総財産への担保設定を通じて借り手と貸し手の間に特別に緊密な関係を構築することを可能とする制度であり、無担保融資とは融資の性格が大きく異なるとしています。
貸し手には、他の貸し手による担保実行を停止させる権限や、事業譲渡に係る実行手続を開始する権限等が付与されます。こうした法的な裏付けがあることで、借り手・貸し手双方が将来見通しにコミットしやすくなり、債務者区分・格付の判定等において将来情報・定性情報を適切に反映できる前提条件が満たされるという整理です。
財務情報だけを見れば要注意先・破綻懸念先となる借り手であっても、緊密な関係を築いている中で事業の見通しが見込めるのであれば、正常先・要注意先と判定するといった運用が例として示されています。従来の法人融資の与信判断とは異なる考え方が求められる部分です。
実務で問われる6つの論点
1. 既存の抵当権とはどちらが優先か
個々の財産の上にある質権・抵当権等と企業価値担保権が競合する場合、優劣はそれぞれの登記・対抗要件の前後で決まります(第18条第1項)。すでに登記された抵当権が付いている財産については、後から設定した企業価値担保権はその抵当権に劣後します。一方、一般の先取特権と旧制度の企業担保権に対しては、企業価値担保権が優先します(同条第2項)。
あわせて押さえておきたいのは登記の場所です。企業価値担保権の得喪・変更は、債務者の本店所在地の商業登記簿への登記が効力要件です(第15条)。不動産登記簿には現れないため、担保調査の際は商業登記の確認が必要になります。実行手続でも、企業価値担保権に優先する担保権は「優先担保権」として区別して扱われます。
実務への含意は明確です。既登記の抵当権が優先する以上、設定を検討する段階で、借り手が保有する不動産の全体像と、各物件の担保設定状況(登記簿の乙区)を洗っておかなければ、企業価値担保権で実際に押さえられる価値を見積もれません。本店所在地の周辺だけでなく、県外の物件や旧商号のままの名義も含めて拾う必要があるため、法人の保有不動産の名寄せから各物件の乙区確認へ進むのが実務的な手順になります。
2. 複数の金融機関で設定できるか
できます。金融庁は、事業者に対して複数の金融機関が一つの企業価値担保権を設定することも可能としています。また債務者はいつでも極度額を設定でき、その極度額の範囲外であれば、資金調達ニーズに応じて他の金融機関との取引も可能です。1行取引を前提とした制度ではありません。
3. 極度額はどう決まるか
まず前提として、企業価値担保権は極度額を定めない形でも設定できます。第9条第1項は、特定被担保債権を「極度額の限度において担保するためにも設定することができる」と規定しており、極度額は必須の要素ではありません。
極度額を定める場合は、債務者からの請求によって定まります(同条第2項)。債務者はいつでも担保権者に請求でき、請求の時点で極度額が確定します。この請求は書面(または電磁的記録)によらなければ効力を生じません。
ただし下限があります。極度額は、現に存する特定被担保債権に係る債務の額に、以後2年間に生ずべき利息その他の定期金と債務不履行による損害賠償の額を加えた額(コミットメントライン型の契約がある場合は、その上限額と手数料も加算)を下回ることができません(同条第5項)。
4. 実行されたとき労働債権はどうなるか
第129条により、実行手続開始前6か月間の使用人の給料請求権は共益債権となります。退職手当の請求権については、退職前6か月間の給料総額に相当する額と、退職手当額の3分の1に相当する額のいずれか多い額が共益債権として扱われます。
5. 登記はオンラインでできるか
できません。法務局は、企業価値担保権の登記申請の方法は書面申請のみと明記しています。郵送による申請は可能です。登記の種類は設定・移転・変更・消滅の4種類で、それぞれ申請書様式と記載例が公開されています。
6. 当局は活用件数の目標を出すのか
出しません。金融庁は、利用件数に着目すると件数稼ぎの形式的な利用を招き、事業者のニーズに応えた適切な活用の妨げになることが懸念されるとして、件数目標を掲げることは想定していないとしています。
デメリット・留意点
制度のメリットは多く語られていますが、金融機関の目線では次の留意点があります。
- 担保権者になれるのは免許を受けた信託会社だけ。担保権者は内閣総理大臣の免許を受けた企業価値担保権信託会社に限られます(第6条第2項)。金融機関が自ら担保権者となるには免許の取得が必要で、体制整備の負担が生じます
- 一般担保として扱えないため、引当のルールを自前で整備する必要がある。画一的な指針は示されず、恣意的にならないルールの策定・文書化・事後検証が前提になります
- モニタリングの負担が大きい。金融庁は、活用には金融機関の体制整備に加えて、事業者との深度あるコミュニケーションの実現に向けた取組が必要としています。融資して終わりの担保ではありません
- 借り手の金利負担が上がり得る。金融庁は、深度ある実態把握や伴走支援等を行うことに伴い、事業者にも一定の金利負担が生じることもあり得るとしています
- 登記は書面申請のみ。オンライン申請は用意されておらず、事務フローは紙前提で組む必要があります
与信審査・期中管理のあり方や引当の考え方といった実務上の課題は、金融庁が業界団体等と議論しながら明らかにしていくとしており、実務の型は現在進行形で固まりつつある段階です。
与信体制として準備すべきこと
金融庁の考え方は、旧金融検査マニュアルのような統一的・画一的な指針を示すものではなく、あくまで各金融機関が自ら適切な対応を考えることを前提とした参考として示されています。そのうえで、次の対応が求められています。
- 恣意的な運用にならないよう、評価や引当の方法等に係る適切なルールを自ら定める
- 定めたルールを文書化し、組織内で共有する
- 事後的な検証を行い、必要な場合はルールを見直す
金融庁は、各金融機関が定めたルールを尊重しつつ、その運用実態や事後検証の結果に照らしてルールの見直しの要否等を継続的に対話するとしています。制度の使い方そのものが、当局との対話の材料になる構造です。
担保評価の観点では、企業価値そのものの評価手法に加えて、総財産に含まれる不動産をどこまで捕捉できるかが保全額に直結します。不動産担保評価の実務で整理した観点は、企業価値担保権の文脈でも引き続き有効です。
期中管理にも新しい論点があります。借り手は通常の事業活動の範囲であれば担保権者の同意なく財産を処分できるため、総財産の中身は融資期間中も動き続けます。不動産についていえば、売却や新規取得のほか、他の債権者による差押えや新たな抵当権の設定は、担保価値と借り手の資金繰りを映すシグナルです。これらはいずれも登記に表れるため、保有不動産の登記異動を継続的にモニタリングする仕組みを期中管理に組み込んでおくと、伴走支援の前提となる実態把握をデータの側から支えられます。
まとめ|施行後に確認しておきたい3つのこと
企業価値担保権は施行されたばかりで、実務の型はこれから固まっていきます。現時点で着手できることは次の3つです。
- 自己査定・償却・引当における自社ルールの整備状況を確認する。画一的な指針は示されないため、整備の遅れがそのまま活用の遅れになります
- 設定を検討する先について、総財産に含まれる不動産をどこまで把握できているかを点検する。一般担保として考慮できる部分の把握精度が、保全額を左右します
- 経営者保証に依存しない融資への移行とあわせて設計する。法律の目的規定は不動産担保・個人保証依存の是正を掲げており、経営者保証ガイドラインへの対応と地続きの論点です
不動産担保への依存を減らす制度でありながら、保全額の算定では不動産の把握力が問われる。この一見ねじれた構造が、企業価値担保権の実務上の特徴です。
参考(一次情報)
本記事中の制度に関する記述は、以下の公的資料を確認のうえ作成しています(2026年8月時点)。
- 事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号)第1条・第2条・第6条・第7条・第9条・第15条・第18条・第129条。企業価値担保権に関する部分は2026年5月25日施行
- 企業担保法(昭和33年法律第106号)第1条・第3条・第4条・第7条
- 金融庁「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方について」(2025年7月2日公表。一般担保としての取扱い、総財産に含まれる不動産等の考慮、債務者区分への反映)
- 金融庁「企業価値担保権に関するFAQ」(複数金融機関による設定、通常の事業活動の範囲での財産処分、件数目標を掲げない方針)
- 法務局「企業価値担保権の登記に係る申請の方法、申請書様式について」(書面申請のみ・郵送可、登記の種類4種)
- 法務省「所有不動産記録証明制度について」(2026年2月2日運用開始。請求権者は登記名義人本人・相続人その他の一般承継人、検索結果の網羅性の限界・同名異人・未コンピュータ化登記簿の扱い)
※本記事は制度の一般的な解説であり、個別の与信判断・会計処理・法的助言を目的とするものではありません。実務の判断にあたっては、最新の一次情報および貴社の監査法人・顧問弁護士にご確認ください。





